会社の起業、失敗、そして再起。2017年を振り返って。
明けましておめでとうございます。昨年12月に26歳の誕生日を迎えたタイミングで書いた記事にてブログを再開します。
実は、昨年10月にグローバル不動産プラットフォームを運営するスタートアップに就職しました。
そして、2016年8月に自身で創業した、インド越境EC事業を主軸とする会社は、事実上休眠させる運びとなりました。
本来であれば、これまで大変お世話になった方に、お一人おひとりご挨拶ができればと思っていました。しかし、今年夏の終わりから怒涛の日々が続いていたため、ブログ上での報告となってしまったことをお許し下さい。
現在は、不動産の国際売買取引を最適化させるプラットフォームを運営する会社で、SEO・コンテンツ領域のマーケティングチームの立ち上げを行っております。
インターンを入れたメンバーのうち、半分以上が外国人であり、1日のうちに日本語を話す方が少ない日もあるほど、非常にグローバルな環境です。
ここに至るまでには、あまり多くの方には語って来ませんでしたが、自分が次のステップに、心起きなく踏み出したいと思い、これまでの歩みをご報告します。
会社の創業、無謀な「博打」
「自分で事業をやりたくて仕方ない!」
社会人1年目の3月に、そう思い立ってから1週間。
衝動的に前職を退職し、大変ご迷惑をお掛けしながら、同年8月に株式会社を起業しました。
起業のきっかけは口では高尚なことを言いつつ、昔から劣等意識の塊だったため、「見返したい」という反骨精神によるものだったかもしれません。
ただ一つ決めていたことは、学生時代からの夢であった、「グローバルに使われるインフラを作りたい」ということでした。
しかし当時は、社会という荒波を渡っていけるようなスキルや経験、十分な自己資金もありません。まるで、生まれたばかりの小鹿が、ライオンに向かっていくくらい無謀なチャレンジでした。
創業当初は、どのような事業をやっていくのかも決めておらず、当然全く売上が立つ見込みもないため途方に暮れていました。
しかも、10月にはノリと勢いで一緒に会社をやろうと誘っていたインド人の友人が、日本の大学を卒業して新卒でうちの会社に入社を予定しており、あまりに無計画な採用を行ってしまいました。
まさに挑戦というよりは無計画な「博打」でした。
「光」と「影」
そこから、良きメンターとの出会いや、政府系法人からの受注などさまざまな偶然が重なり、インドのインターネット市場に関連する事業が立ち上がりました。
とあるプロジェクトではインド現地に訪問し、FlipkartやSnapdeal、PayTmといった、インドのメガスタートアップへの調査や提携交渉などを進めていました。当時は、事業による売り上げも出始めていたことから、今後の可能性が開けたかに思えました。
しかし、そこから立ち上げたサービスの売上が思うように伸びず、資金的体力が限界に達していました。
さらに、そのタイミングで一緒に事業をやっていった友人との仲間割れも経験します。
結果的に彼は会社を去り、僕は一人になりました。
当時は資金調達の苦労やメンバーとの内紛で、正直かなり精神的にも滅入りそうな状況でした。
そして、今年の4月には実質インド関連の事業を断念することになりました。
「再起」に向けて
しかし、「一企業としてなんとか生存させなければならない」「自分が創業したこの会社を、なんとか伸ばしていきたい」という意思は変わりませんでした。
そのため、とにかく売上が立ちそうなビジネスを洗いざらい検討し、一つ一つ検証することにしました。
その中で、「自分が得意」「それ自体が好き」「マーケットがある」という3つの条件を満たした領域でビジネスを再スタートさせることを決めました。
その結果、新卒で入った会社で学ばせていただいた領域でもある、アフィリエイトメディア(成果報酬型のウェブサイト)を立ち上げることを決め、自分の持つリソースの大部分をそこに集中させました。
そこからは、朝から晩までひたすらSEOの知識を学び、リサーチをしながら。コンテンツを作成する毎日。売上が立つまでの間は、オフィス近くのビルで警備員のアルバイトをしながら、ひたすらコンテンツを作りました。
夜勤のバイトが終わった後、朝はそのまま仕事をするという生活を続けること数カ月。
結果、Googleで狙った主要キーワードの大半で上位表示させることに成功し、それに伴いアクセスや売上も急成長しました。
「自問自答」の毎日
メディアが順調に伸びた結果、広告代理店や企業との提携の問い合わせも相当数いただくことができ、「これは、稼げる」と思いました。いわゆるインターネット起業家の代名詞、「アフィリエイター」を専業としてやることも考えました。
しかし、今後の長い人生を考えた時、
「本当にそれがやりたいことなのか」
「それが20代のうちに自分がすべきことなのか」
と自問自答する日々が続きました。
そして、自分の原点に立ち返り、当初にやりたいことだった「グローバルに使われるインフラを作りたい」と考え、「海外」「マーケティング」「インターネット」の領域で再び事業を立ち上げたいと思うようになりました。
新たな出会い
しかし、当時は自分自身のビジネスマンとしての実力の限界を痛切に感じていました。
特にこれまでは行動ファーストで、行き当たりばったりで生きてきたため、緻密にPDCAを回しながら、高いゴールに向かって手を打っていくということに課題がありました。
また、プレイヤーとして一人でやっていくことは最低限できても、チームの力で大きな目標を実現することは、自分自身経験のないことでした。
そのため、一旦は自分自身でビジネスを立ち上げることをあきらめ、人様の会社で実力をつけた方がいいのではないかと思うようになりました。
そんな中、前職で大変お世話になった人事の方に相談したところ、様々な方をご紹介いただき、結果、現在所属する会社を知ることができました。
「海外」「マーケティング」「インターネット」。
まさに、自分がやりたくて、できなかった分野が、その会社にはありました。
そして、運よくその会社に拾っていただき、今年10月から正式に働くこととなりました。
次のステージへ
現在は、グローバルに利用されるメディアとして、SEOやコンテンツマーケティングの領域で「SEKAI PROPERTY」を成長させていくことをミッションとして、戦略の立案やグローバルチームの編成、コンテンツの企画など様々なことをやっています。
チームメンバーの国籍は、インドネシア、パキスタン、フィリピン、台湾など様々で、異なるバックグラウンドを持った方々の力にレバレッジをかけて、目標に向かう楽しさは相当なものです。(そういえば、社会人になってから外国人の部下した持ったことがない気がします、、)
奇しくも、自身が起業していた時に学んだ、多国籍なメンバーとの仕事の仕方、SEOやマーケティングの知識が、ダイレクトにつながる形となりました。
感謝を込めて
これまでに携わってくださった皆様には、本当に感謝をしています。
個別に名前を挙げればキリがありませんが、創業間もない怪しい会社のお客様になっていただいた個人や法人様、元スタッフ、右も左も分からない時に助けてくださったメンター、創業期からずっと見守って下さったオフィスの皆さん、苦しい時に援助をしてくださった方々、様々な相談に乗って下さった起業家の先輩方や友人達、次のステップへ導いてくださった方々、散々心配をかけた両親には特に感謝しています。
今後とも変わらず、引き続きよろしくお願いします。